オールうまいものノート

映画の感想メイン。読書、生活、カルチャー。

「万引き家族」感想(ネタバレあり)/是枝監督は犯罪者を擁護しているのか?

f:id:kasumigaseki0822:20180618232747j:plain

万引き家族」もう見ましたか?

この作品については、公開前からたくさんの人の間で議論が交わされてきました。

万引き家族」の監督である是枝裕和さんはこれまで「海街Diary」「そして父になる」など数多くの名作を手がけてきた方です。

さらにこの度、カンヌ国際映画祭パルムドール(最優秀賞)を受賞したということもあり、世間的な注目度はかなり高まっています。

 

万引き家族」はどんなメッセージ性を持った映画で、監督が映画を通して伝えたい思いとは一体なんなのでしょうか。

私も一日本人として、一映画ファンとしてここに見解を残しておきたいと思います。

必死にまとめたので、拙い部分もあるかもしれませんが、読んでもらえたら嬉しいです。


万引き家族」を批判する人たちのスタンス

f:id:kasumigaseki0822:20180627080523j:plain

万引き家族」に登場する家族は、日常的に犯罪行為を繰り返しています。

作品タイトルにもなっている万引き、年金不正受給、車上荒らしなどに加え、そのつもりがなかったとはいえ児童誘拐ともとれる行為を行っています。

そういった犯罪行為に手を染める家族を、「絆の深い温かい家族」として描くことで、犯罪者を肯定しているのではないか。

これが「万引き家族」を批判する人に多いスタンスです。

 

 

万引き家族」を見ていると、是枝監督の脚本や演出の手腕、そして役者陣の熱演によって、彼らがあまりにも人間的でいとおしい存在に思えてきます。

彼ら家族の楽しい気持ちに共感して、その暮らしがとても素晴らしいものに見えてきてしまうんですよね。

家族の美しい絆に共感したり感動すればするほど、「犯罪者を美化している」ように見えてしまうのではないでしょうか。

そして「犯罪を肯定している」ように見えてしまうんでしょうね。

 

あるいは、「彼らは犯罪者だ」という認識を持った上で見ると、彼らがあまりにも楽しそうに暮らしているのが許せなくなってしまうのかもしれません。「こんなのは不謹慎だ」と思いたくなるのかも。

 

万引き家族」に対する私のスタンス

f:id:kasumigaseki0822:20180626235908j:plain

ところで、私はこの映画を見ながら、彼ら家族の仲の良さにひたすら不穏さを感じていました。

貧困生活の中でリリーフランキー安藤サクラも職を失いますが、焦って仕事を探す描写は全く出てきませんでした。

日常的に犯罪行為を繰り返し、ただひたすら罪を重ねていくのみなのです。

貧乏であることを表す際に、「明日の食事もままならない」とはよく言いますが、彼ら家族は本当に「今日明日」のことしか考えていないように思いました。

先の見通しが全くないんですよね。

自分たちの未来、子供たちの未来に対するビジョンがこれっぽちも想像できないまま暮らしているんです。

 

私はそれが単純に、「今しか考えられないほど」貧しく困窮しているからだと思って見ていました。

しかし物語が後半に差し掛かるにつれ、あの夫婦が「刹那的」であった理由がさらに明らかになる。

そこで、うっすら感じていた「そら恐ろしさ」の正体がわかってしまうんです。

 

彼らは諦めているからこそ何でも好きなことができた。

もうすでに罪を犯しているからこそ、開き直ってあんな暮らしができたんですよね。

事実を知ってからの私には家族が6人揃っていたあの時間が、美しいものだとはとても信じられなくなりました。

 

私たちの目から見ても仲の良く、幸せそうな家族たち。

彼らがどんな環境の上にその身をおいて、どうしてなんでもないかのように笑えるのかを、考えはじめるとぞっとします。

「今がよければそれでいい」んですよね。

たとえば万引き行為に関して言うなら、万引き行為を通じて「今」コミュニケーションをとれれば彼らにとってはそれでよくて、「後々」捕まる可能性や、少年が罪に気がついたときのことなんて想像もしていないんです。

全く未来のない集団活動なんです。

 

そういう意味で、「安藤サクラだけが聖母のように描かれていた」「彼女にも欠点が欲しかった」という意見には反対です。

彼女はもっともあの「家族」にのめりこんで、依存している女性に見えましたから。

彼女だけが、あの家族から自由になれなかった人物に思えましたから。

 

家族が「偽物」だったとは思いません。

血のつながりはなくとも、彼らの絆も感情も、仲の良さも本物だと思います。

でも、いつか終わると大人たちはきっとわかっていたし、男の子も気づきかけていた。

楽しさの奥に「不安」や「諦め」のあるあの夫婦の元にいるのは、私は嫌です。

彼らはむしろ「絆」しか持っていなかったですよね。

コミュニケーションの他には何も持っていなかったですよね。

そんなところで大人になるのは正直、嫌です。

あのまま生きていても、待っているのは行き止まりです。

そして、たぶん是枝監督の考え方も、どちらかというとこっちなんじゃないかなあと思うのです。

 

万引き家族」に対する是枝監督のスタンスとは?

f:id:kasumigaseki0822:20180627075215j:plain

万引き家族」が「犯罪者を擁護している」と批判を受けたことについて、是枝監督は6月25日の朝日新聞にてこう言っています。

(罪の意識が芽生えた男の子の悲しみを映画が追っていることについて)そこが、この映画の軸なんだけどね。でも、そこは見ればわかるから、話題になっているのはむしろ良いことじゃないか

是枝監督のこの言葉を読んで、私が感じたことはあながち間違っていなかったのかもしれないと思いました。

やっぱり是枝監督はあの家族の楽しい日常が「良いもの」だとは描いていないのではないでしょうか。

一瞬一瞬を切り取って、そこに美しさやおかしみや、尊い感情の触れ合いがあったとしても、それは「良いもの」じゃない。

見ないふりしているだけで、あの環境はすごく「悪いもの」なんですよ。

だからこそ、是枝監督は少年に気付かせる。

そして少年に自ら選択させ、その環境から抜け出させます。

今まで家族と慕っていた相手が、実は自分の将来にとって良くない存在だったと気がつくのは、悲しいことだと思います。

そして、それに気がついてしまう「子供」は実はそんなに少なくない数で現実にも存在しますよね。

 

是枝さんは前述の新聞記事の中で、新幹線での殺害事件や幼児虐待死など、最近起こった事件について触れ、以下のようなことを述べています。

犯罪者と自分は全然違うという感覚が広がっている現代社会はとても危険だと思います。

セキュリティーチェックを強化せよという話よりも、人々を極限まで追い込まないためのセーフティネットを充実させることでしか、こうした犯罪は軽減できません。

万引き家族」を通して、是枝監督が観客にもっとも伝えたいメッセージは、きっとこれです。

 

リリーさんが演じるキャラクターが「盗みしか教えるものがない」のは、彼以外の誰かにも責任のあることです。

安藤さくらさんとリリーさんがおそらくDV男だっただろう前の夫を殺して隠して生きてきたのは、彼ら以外の誰かにも責任のあることです。

もちろん彼らにも責任はある。

でも、彼らだけの責任でもないんですよね、あの環境を作り出してしまったことは。

 

ああいった環境に身を置いてしまい、やむを得ず、あるいはなんでもないことのように犯罪を行ってしまう人を、どうやって救えばいいんだろう。

ただニュースで流れてくる名前を「被害者」と「加害者」に分けているだけでは、解決しないんですよ。

「悪人」とか「精神異常者」とかレッテルを貼ったってなにも進歩しないんですよ。

彼らがそうなった理由や原因を考えて、事件や事故が起こる前に防止していかなければ「加害者」も「被害者」も減らないんだと思います。

 

なのに、「万引き家族」が描いていることを「正しい」「悪い」の二元論で否定してそれ以上考えようとしない人の意見を見ると、少し悔しくなります。

伝わっていないんだな、と思ってしまいます。

辛いけどわたしたちはもっと当事者を見つめて、考える必要があるのではないでしょうか。

 

万引き家族」感想まとめ

f:id:kasumigaseki0822:20180626235731j:plain

リリーさんが、バスに乗って振り返らずに走り去っていくかつての息子を、情けない走り方で追っていくシーンが忘れられません。(リリーさん、すごいです)

あの人は多分、自分が持てなかったであろう親子関係を、もう一度やり直したかった人でした。

だから、息子に自分の名前をつけたんですよね。

彼は息子を愛して大切にしたかったし、少年もそれに答えていた時期がありました。

でも酷なことに、自分を愛してくれる人が必ずしも、自分にとっての「将来の幸せを保証してくれる相手」ではないということです。

 

私は最近「フロリダ・プロジェクト」を見た時もそう思ったし、自分の人生を生きながらも時折そう思います。

万引き家族」おすすめです。あなたの考え方を聞かせてください。