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「ファインディング・ドリー」感想/世界で一番頼りにならない「わたし」の肯定

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ファインディング・ドリー」見ましたか?

2016年夏に公開された「ファインディング・ニモ」の続編です。

6月22日に金曜ロードショーで地上波初放送されたようです。

 

公開当時、劇場で見た時も「ドリーは私だ」と思ったのですが、見直してみて改めて同じことを思いました。

そう思った理由や、この映画の素晴らしいところをご紹介します。

もう「ファインディング・ドリー」を見た人も、まだ見ていない人にも読んでもらえたら嬉しいです。

 

ファインディング・ドリー」のストーリー

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前作「ファインディング・ニモ」で主人公のマーリンは、息子・ニモを探す道中でドリーという魚に出会います。

ドリーはすごく忘れっぽい魚で、今自分が何をしていたのかも、目の前の人が誰なのかもすぐ忘れてしまうのです。

そのドリーが唯一覚えていたのはニモがさらわれた先の住所。

マーリンはそれを頼りにドリーと共にニモを見つけ出し、前作はハッピーエンドとなったのでした。

 

さて今回はそんな忘れん坊のドリーのお話。

実は、ドリーは幼いころ両親と暮らしていました。

しかし、忘れっぽくてすぐに気が散ってしまうドリーはふとした拍子に激流に飲まれ、両親とはぐれてしまうのです。

両親を探すうちに時が経ち、大人になったドリーは両親の存在すら忘れてしまいます。

断片的に思い出されるかすかな記憶を辿って、ドリーは家族を見つけることができるのでしょうか。

 

ファインディング・ニモ」を見終わったとき、ドリーのことを心配に思った人はきっと多いのではないでしょうか。

ファインディング・ドリー」はそんな優しい人たちの想いに答えるように、ドリーの成長を描いてくれた優しい映画なんですよね。

 

ドリーの忘れん坊は発達障害なのか?

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ドリーのその後の人生(魚生)が心配になるのは当たり前で、ドリーはほんとに何も覚えていられません。

大事なことも、覚えていたいことも全部すべからく忘れてしまうんです。

それから、何かをしているときに集中できずに、すぐに他のことに興味が移ってしまう様子もよく見られます。

記憶が持たないのに大人しくしていられず、好奇心旺盛にいろんな物事にちょっかいを出してしまいます。

 

私には、この特性に心当たりがあります。

ADHD(注意欠如多動性障害)です。

 

ここに、ADHDの症状について一部引用しますね。

少し気を抜いただけでも何をするべきか頭から抜けてしまいやすく、意識して集中しようとしても注意がそれてしまいがちです。

逆に意識して考えないようにしようとしても、どうしても気になってしまうことがあります。
(引用:http://www.kaien-lab.com/aboutdd/adhd/

「ドリーがADHDなのではないか」というのは、「ファインディング・ドリー」公開当時から言われていましたね。

発達障害の子供を持つ親は見るべき」という意見もありました。

 

ドリーの忘れん坊が発達障害なのではないかと思う理由は特性の類似のほかに、もう1つあります。

あの「海洋生物研究所」には、他にも生きるのに不便な障害や問題を抱えた生物たちがたくさんいるからです。

 

ジンベイザメのディスティニーは目が悪く、泳ぎながら壁にぶつかってしまいます。

シロイルカベイリーエコロケーションという能力を使えないことで、シロイルカとしての自信を失っています。

タコのハンクは足を1本失っている上に、海に対して何らかのトラウマがある様子。

また、前作から登場しているニモですが、彼はうまれつき片方のヒレが小さく、他の魚より泳ぐのに不便です。

 

彼らは、ドリーと同じなのです。

どんな理由があるにしろ、「生きづらさ」を重く抱えたキャラクターたちです。

そんな彼らに、この現代社会で発達障害、身体障害、そのほか様々な問題を抱えた人たちの「生きづらさ」が重なりませんか。

 

「ドリーだったらどうするか」を考えることの意味

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ドリーは終盤、困った状況になったときに「ドリーだったらどうするか?」「私ならどうするか?」とつぶやいていました。

自分ならどうするかを自分に問うのは不思議な状況に見えます。

でも、その直前にマーリンから「ドリーならどうするか考えて行動したら成功できたんだ」と言われているからこそのシーンですよね。

 

マーリンはあの言葉で、ドリーの特性を肯定したんです。

忘れん坊で気が散りやすいという負の側面ではなく、行動力があって突拍子もないアイディアを思いつくという良い側面を肯定したんですね。

 

想像するに、ドリーは今までの人生で自分の特性を肯定することはできなかったと思います。

自分は忘れっぽい魚なのだと自覚しているからこそ、「ごめんなさい」「私またやった?」と謝ってばかりいるのです。

謝りながら、他人に頼ってしか生きていけない自分をふがいなく思う時もある。

覚えていたいのに、覚えていられない。どうしても人に迷惑をかけてしまいます。

 

私には手に取るようにわかります。

彼女は「自分自身こそが世界で一番信頼できない相手である」と思っている。

わかります。私もそう思っているからです。

だから「助けて」と他人に頼るのです。自分を信じるよりも断然確実だから。

そして強く申し訳なさとふがいなさを感じるのです。

 

そのドリーが「ドリーならどうするか?」と自分の選択を信じることができたのが、あのシーンなんだと思います。

彼女の周りには彼女を肯定してくれる優しい人たちがたくさんいますが、自分自身をはじめて肯定できたのがあの時なのかもしれません。

 

ファインディング・ドリー」感想まとめ

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正直、ドリーの行動を見ていてイラついてしまう人もいるんじゃないかなと思います。

作中でマーリンも一度大きな声で怒っていますが、切羽詰まった状況の時に同じことを何度も尋ねられたり、空気の読めない発言をされたら腹がたっても仕方がないと思います。

でも、それが彼女なんですよね。

 

彼女の突拍子もなさや楽観的さに助けられる時だってあります。

タコのハンクもその1人だと思います。

欠点があっても大丈夫。

見方を変えれば長所かもしれないし、もっと素晴らしい良いところが見つかるかもしれない。

 

現代社会で生きている人たちのほとんどが、何かしら「生きづらさ」を抱えていると思います。

そんな私たちを「助けて直して海へ返して」くれる優しい映画ですよ。おすすめです。