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ディズニープリンセス大集合に向けて!<14人のプリンセス像の変遷と考察>

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シュガー・ラッシュ:オンライン」の予告編が公開された時からずっと、ディズニープリンセス大集合シーンが楽しみで楽しみで仕方ありません。

生まれた時代も、背負わされた物語も全く違う彼女たちが一堂に会し、言葉を交わし合うなんてほんとに夢のようですよね。夢かな?

 

この記事は、「シュガー・ラッシュ:オンライン」の公開が間近に迫った今、改めてディズニープリンセスたちについて考える機会の場とします。

そしてプリンセス作品を通して描かれる女性像が、時代や社会に影響を受け、変遷してきた歴史について振り返りたいと思います。

ぜひ、映画鑑賞前に読んでもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします。

 

 

ディズニープリンセスとは? 

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ディズニープリンセス」とは、ディズニー作品に登場するお姫様、あるいはそれに類するヒロインのうち、主人公格のキャラクターを指して使われる言葉です。

 

メンバーは以下の14人です。※()内は登場作品名

 

実はこの並びにもいろいろツッコミたいところがあります。

 

首長の娘であるポカホンタスや村長の娘であるモアナはまだしも、ムーランは「プリンセス」なのかとか。

ジャスミンは主人公ではないじゃないかとか。

実写映画「魔法にかけられて」のジゼル姫はディズニープリンセスと認められないのかとか。

ピクサー作品(メリダ)を含めてもいいのかとか……。

 

いろいろあるんですけど、とりあえず映画に登場するのは上の14人で間違いありません。

 

※初の実写プリンセス、ジゼルは一度「ディズニープリンセス」のくくりに含まれたようですが、彼女のビジュアルを使う度に、エイミー・アダムスの肖像権に対し莫大なお金を払う必要があるため、現在は外されているみたいです。

 

ディズニーが女児向けに展開するグッズのモチーフとして強く打ち出しているのもこの「ディズニープリンセス」で、人気はとても根強いらしいですね。

近年の「アナ雪」人気、アナやエルサのコスプレをする女児の多さからも、需要の高さが伺えます。

 

男性が主人公のディズニー作品は「ディズニープリンス」とか「ディズニーヒーロー」としてまとめられることも、ジャンル化されることもありません。(ディズニープリンセスの相手役の男性が「ディズニープリンス」としてまとめられることはあります)

女性という属性だけが積極的に「プリンセス」としてジャンル化され、記号的に消費され、しかも「女性向け」に作られる。

ここに明確な非対称性を感じますけど、主題とは外れるので置いておきますね。

 

ともかく、ディズニーが「ディズニープリンセス」という強いジャンル・ブランドを手にしたことによって、長いスパンで定期的に女性が主人公の映画が作られ続けることとなったわけです。

もちろん1937年の白雪姫のような女性を2010年代に描けば、古い価値観の再生産になってしまいますから、時代や社会に合わせてキャラクター像をアップデートさせていく必要があります。

だから、ディズニープリンセスの描かれ方の違いを追っていくことは、ここ数十年の社会的な女性像の変遷を見ることに他ならないと思うんです。

 

ということで、前置きが長くなりましたが、14人のディズニープリンセスの性質や境遇の変遷を見ていきましょう。

 

14人のディズニープリンセス紹介と変遷の歴史

古典的プリンセス期(1937~1959)

白雪姫 「白雪姫」(1937)

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⇒姫の美しさに嫉妬した継母が姫を殺そうと企みます。

しかし、王子による真実の愛のキスで姫は目覚め、王子と結ばれ幸せになります。

 

シンデレラ 「シンデレラ」(1950)

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⇒いじわるな継母や義姉たちにこき使われているシンデレラ。

魔法の力で参加した舞踏会で王子に見初められ、結ばれて幸せになります。

 

オーロラ姫「眠れる森の美女」(1959)

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⇒悪い魔女に呪いをかけられ生きたまま眠り続けることになりますが、王子によって助け出され、幸せになります。

 

古典的プリンセス期まとめ

初期3作のお姫様たちは降りかかる運命に抗うことなく、目の前で起こる出来事をただただ受け入れ、物語が進んでいきます。

最終的に、身分が高くて富も充分に得ているであろう王子様が現れて、王子様のモノになることで、彼女たちは幸せを手にします。

 

性格はみな一様に従順でしとやか。

3人ともすごく可愛らしいんだけど受動的で、自分から行動を起こすことはしません。

非常に従来的な古い女性像を反映したキャラクターだと言えると思います。

 

ちなみに、この頃の王子は権力だけを持っている存在であればよく、個性はほとんどありません。(プリンス・チャーミング!!!)

女性が主体性をもって相手の男性を選択しているのだと認識させるためには、王子の内面やプリンセスとの性格の相性、信頼関係などを描くことが重要ですが、この頃の彼女たちに主体性は必要なかったので、選ぶ理由となるはずの王子の個性もいらないのです。

 

ここまで書いて勘違いされそうですが、別に初期の3作が嫌いなわけでないです。

過去の名作として素晴らしいし、プリンセスたちもかわいくてキレイで好きなんですが、この古典的な女性像を幼い子供や若い人に見せるなら、合わせて教育も必要だよなあと思うわけです。

 

自我を持ったプリンセス期(1989~1992年)

アリエル「リトル・マーメイド」(1989)

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⇒陸に憧れていた人魚姫が、海の魔女に人間にしてもらいます。

魔女は人魚たちの王国を乗っ取るつもりでしたが、エリック王子によって倒され、最後に姫と王子は結ばれます。

 

ベル「美女と野獣」(1991)

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⇒捕らわれた父の身代わりに、自分が幽閉されると申し出た変わり者のベル。

いつしか恐ろしかったはずの野獣に惹かれ、真実のキスにより野獣は人間の姿に戻り、二人は結ばれます。

 

ジャスミン「アラジン」(1992)

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⇒貧しいアラジンに騙され、彼を王子だと思っていたジャスミン姫。

国を裏切った大臣に追い詰められますが、アラジンに助けられ、二人は結ばれます。

 

自我を持ったプリンセス期まとめ

初期のプリンセスたちと見比べるとわかると思うんですが、すごくパワフルな印象のキャラクターたちですよね。

彼女たちは主体的かつ活発に行動するし、個人的な願いや望みを持っているし、感情表現も豊かで笑ったり泣いたり怒ったりします。

美しいだけで意思をほとんど持たず、受け身に王子を待ち続けるプリンセスよりも、1人の意思を持つ人間として描かれていると感じますよね。

「眠れる森の美女」から30年が経ち、社会的な女性観も変わってきたからこその変化だと思います。

 

ただ、初期作品から続く「男性と結ばれることがハッピーエンドの条件」という典型的なプリンセス物語の構図は、この段階でもキープされてしまっています。

どんなにアリエルがおてんばでも、ベルが思慮深くても、ジャスミンの気が強くても、「彼女たちの最高の幸せは男性によってもたらされる」という受動的な一面は払拭できていないんですよね。

 相手役の男性と出会う前は枠にはまらず自由に生きていた女性たちが、最終的に「男性と結ばれるのが女性の幸せ」という枠にはめられてしまったようにも思える物語たちです。

 アップデートしようとしてしきれてないもどかしさを感じます。

 

人種多様プリンセス期(1995~2009)

ポカホンタスポカホンタス」(1995)

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⇒インディアンの村で首長の娘として暮らすポカホンタス

イギリス人開拓者のジョン・スミスと恋に落ちるが、ポカホンタスは彼よりも故郷を選び、最後に二人は離れ離れになってしまう。

 

ムーラン「ムーラン」(1998)

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⇒足の悪い父の代わりに男装して従軍するムーラン。

彼女が筆頭となって敵を倒し、名誉を得ると同時に、思いを寄せていた上官の男性と結ばれる。

 

ティアナ「プリンセスと魔法のキス」(2009)

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⇒亡くなった父の夢だったレストランを開くために、毎日忙しなく働くティアナ。

カエルにされてしまったぐうたら貧乏王子と恋に落ち、2人で夢を叶える。

 

人種多様プリンセス期まとめ

ポカホンタスネイティブアメリカン(インディアン)、ムーランはアジア人(中国人)、ティアナはニューオリンズに住む黒人です。

ここへきてディズニーは、白人ばかりだった「ディズニープリンセス」の人種多様化に乗り出したわけですね。

(というか、「アラジン」のジャスミンからその傾向は始まっているんでしょうね)

 

ポカホンタス」や「ムーラン」では、自分たちの民族や家族を守るために勇ましく戦う女性の姿が描かれており、プリンセス像としてはかなり前進していると思います。

しかしこれらの作品は、史実や実際に存在する伝説をもとにした物語だったことも影響し、当事者であるネイティブアメリカンやアジア系の民族から強い批判を浴びてしまいました。

白人以外のプリンセスを登場させるために舞台を異国に設定したものの、異文化に対する考証が不足していたことも批判の大きな原因でしょう。

プリンセスと魔法のキス」に対しても、黒人社会からの批判の声はあったようですが、「ポカホンタス」や「ムーラン」と比べれば、やりたかったことをちゃんと成功させている作品に思えます。(素晴らしい音楽しかり)

 

それにプリンセス・ティアナは「王子と結婚するのではなく、自分の力で働いて店を開きたい」という自立の夢を持っている女性です。

ラストは従来的な展開に沿って王子と結ばれるティアナですが、次の世代の新しいプリンセス像への足掛けとなったキャラクターだったと思います。

 

ちなみに、以下の画像左はティアナの友人、シャーロットです。

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彼女は「王子様と結ばれることこそが女の幸せ」と、これまでのディズニープリンセス作品の根幹となるような価値観を持っています。

彼女は王子様なんていなくても、街一番の金持ちの家に生まれ、毎日プリンセスのような生活をしているのに、ですよ。

白馬の王子様を夢見るシャーロットの描かれ方は、もしかしたら「ディズニープリンセス」に憧れる現実の女の子たちをイメージしているのかもしれませんね。

 

良いなあと思うのは、このシャーロットが「シンデレラ」のいじわるなお姉さんのように、他人の幸せを嫉むような人物ではないところです。

親友であるティアナの夢や恋を精一杯後押しし、後でこっそり泣いたりする優しい子に描かれています。

「シンデレラ」のいじわるなお姉さんとは大違いですね。

 

ティアナの「自立したい」願いと、シャーロットがティアナに向ける深い愛情は、「女は男の存在があってはじめて幸せになれる」という従来のディズニープリンセス的価値観に対する自己批判になっていると思います。

この後の作品と比べれば描写がまだ固いですが、大いなる一歩という感じです。

 

CGアニメプリンセス期(2010~2012)

ラプンツェル塔の上のラプンツェル」(2010)

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⇒高い塔の上に18年間幽閉されていた女の子が、盗賊の力を借りて外の世界へ飛び出す。

実は彼女は行方不明のプリンセスで、足を洗った元盗賊と婚約し幸せになる。(ちょっと語弊がある気がするが……笑)

 

メリダメリダとおそろしの森」(2012)

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⇒弓が得意でおてんばなプリンセス・メリダは、自分のせいで実の母親を大きなクマにしてしまう。

なんとか王妃をクマから人間に戻し、メリダは家族の絆を取り戻す。


CGアニメプリンセス期まとめ

二人とも髪の毛の躍動感がすごいね……!

それはさておき、こうやって並べたけど「塔の上のラプンツェル」と「メリダとおそろしの森」はかなり性質の違う作品だと思います。

ただ「塔の上のラプンツェル」は初のCGアニメプリンセスだし、「メリダとおそろしの森」はCGアニメを得意とするピクサースタジオ(トイストーリーの)が生んだ初のプリンセスなので、CGで作られている意味合いが強いんじゃないかと思って並べてみました。

 

実際のところ「塔の上のラプンツェル」は、CGは素晴らしいけど物語的には時代が巻き戻ってしまってるんじゃないかなと思います。

白人女性が主人公、いじわるな継母、アラジンのような盗賊の男性が助けに来てくれて、新しい世界を見るのが夢、実はプリンセスで彼と結ばれてめでたし……って、なんだか今までのディズニープリンセスものを少しずつ持ち寄って混ぜたみたいな作品じゃないでしょうか?

性格はアリエルに近いですよね。

 

一方「メリダとおそろしの森」はかなり革新的な作品だと思います。

まず何よりメリダの相手役の男性が全然出てきません。

いや、結婚相手候補は何人も出てくるんですが、完全にモブ扱いです(あの中の一人と今後結ばれるフラグは立ってると思うけど)

 

この作品の主題は「母と娘の関係」です。

プリンセスと魔法のキス」でも触れましたが、女性同士の絆が描かれることは、女性の主体性を描くことにつながっていると思います。

「男性抜きのプリンセスも立派な一人の人間である」という感覚を見ているこちらに抱かせます。

ピクサースタジオ作品の「色」が影響した部分も大きいでしょうが、この作品で試験的に「女同士の絆がテーマでもいける」と核心を抱いて、この後の「アナと雪の女王」でまた一段階上まで解放させたんじゃないかと私は想像しています。

 

冒頭では「ピクサー作品もディズニープリンセスに入れていいのか」なんて書きましたけど、「シュガーラッシュ オンライン」にメリダが出るのが実はめちゃくちゃ嬉しいです。声優、大島優子さん続投なのも嬉しい。

 

ということで、この2作品は映像技術の面でも、作品内容の面でも、次の大きな変革への試験的な作品に位置づけられるのではないでしょうか。

割と時代に逆行しているラプンツェルの人気が高いの、複雑な気持ちになりますよね。

シャーロットタイプの子がやっぱ多いのかなあ。

 

プリンセス解放期(2013~)

アナ、エルサ「アナと雪の女王」(2013)

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⇒生まれつき氷の魔力を持った姉・エルサは、能力を暴発させた罪の意識から行方をくらませてしまう。

妹・アナの頑張りによりエルサの心は救われ、自分らしく生きることの喜びを知る。

 

モアナ「モアナと伝説の海」(2016)

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⇒モアナは海の女神に「心」を返すため、半神の英雄・マウイと一緒に海を冒険する。

冒険が終わるとモアナはマウイと別れ、将来は航海士になろうと決意するのだった。

 

プリンセス解放期まとめ

アナやエルサやモアナが、一体何から解放されているのかというと、「女性の幸せは男性との恋愛によってもたらされる」という展開からです。

 

「好きな男性と結ばれて幸せになる」というお約束の結末から自由になり、

  • 大好きな姉とまた仲良く暮らせるようになる
  • 自分の個性を包み隠さず、かつ人の役に立てるようになる
  • 親とは違う自分自身の夢を持ち、その実現に向け進んでいく

などの、恋愛結婚イデオロギーに縛られないそれぞれのハッピーエンドを迎えています。

 

「二人は結ばれました」以外の結末が許されたことで、物語に無限の可能性が生まれ、ディズニープリンセス作品の世界観に奥行きが与えられたように思えませんか?

 

もちろん「アナ雪」「モアナ」にも男性キャラクターは出てきますが、今までのディズニープリンスとはちょっと様相が違うんですよね。

 

クリストフ→男らしくない、格好よくないと作中で明言されているし、先陣切って闘ったりもしないが心優しいところが魅力の、「男らしさ」から解放された男性。

ハンス→典型的な王子様らしいキャラクターとして描かれるが、その正体は悪役であり、彼が悪に染まったのは「男らしさ」のプレッシャーが原因。(13人兄弟の末っ子コンプレックス)

マウイ→男性かどうかは大きな問題ではなく、モアナの特別なバディとして活躍する。

チャーミングなキャラクターだが、いわゆる一般的な「イケメン」ではない。

 

この3人を並べてみて改めて思うのですが、ステレオタイプ的な描写から解放された女性キャラクターを主役に据えた作品では、男性もまた「男らしさ」のステレオタイプから解放されているような気がするんです。

もし私の考えが当たっているとしたら、段々とディズニープリンセス作品は女性にとっても男性にとっても「らしさ」を押しつけない優しさや懐の深さを備えつつあるのかもしれません。

 

と、ここで次に待っているのが2018年12月公開の「シュガーラッシュ:オンライン」なわけです。

「本物のプリンセスよ!」(※予告編参照)のようなメタ的なセリフもあるようですし、ディズニーがまたもや自社が描いてきたこれまでのプリンセス像を自ら批評・批判し、アップデートさせてくれるのではと、期待しちゃいます。

↓「シュガーラッシュ:オンライン」予告はこちら


ディズニーキャラ共演!『シュガー・ラッシュ:オンライン』日本版予告編

 

 

初期プリンセスが「キャラ崩壊」!?アップデートの重要性

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(このシーン、皮肉が効いてますよね~w)

 

「シュガーラッシュ:オンライン」の予告編が公開されたとき、以下のような反応があったのをよく覚えてます。

 

「こんなの白雪姫、シンデレラ、オーロラ姫じゃない!」

「名作を冒涜してる!」

 

うう~~まあ、気持ちはわかります。

もちろん初期の3作では、現代の女性像からもっともかけ離れたプリンセスが描かれているので、しとやかで従順な彼女たちが積極的かつ現代的にしゃべったり動いたりすることに抵抗があるんですよね……。

公式が堂々と「キャラ崩壊」させてきた印象で、ショックを受けてしまう気持ちも、わかります……。

小さい頃から白雪姫やシンデレラに憧れていた人なんかは尚更ですよね。

 

でも、年代を越えて今なおプリンセスたちが万人に愛されているからこそ、そのショックが必要なのかもしれません。

 

考えてみると、「白雪姫」は1937年の作品、約80年前です。

それを、「自分も子供の頃見たから」とか「ディズニーが好きだから」と、幼稚園に上がる前の子供にそればかり見せる親もきっと多いですよ。

実際平成生まれの私も「白雪姫」「シンデレラ」見せられて育ちましたし。

しかし、何十年も昔に作られた古い価値観の作品に、今を生きる女児や若い女性たちが影響を受けて価値観を形成するとしたら、ちょっと恐ろしくないですか。

 

見せるのがダメとかそういう話ではなく、新しいものも満遍なく見る機会を作ってあげた方がいいと思う。

だからこそ、しっかり「白雪姫」や「シンデレラ」が過去の作品だと印象づけるような、「シュガーラッシュ:オンライン」のプリンセスたちの描写は、これから未来を生きる子供達にとって重要かもしれないって考えています。

 

もちろん他の方法で「女の子だって王子様を待たなくていい」とか「女の子だって自分1人の力で願望を叶えたっていい」と教えることもできます。

ただ、「シュガーラッシュ:オンライン」は女の子に多様な選択肢を主体的に掴みとるためのヒントを与えてくれる作品かもしれないから、「キャラ崩壊」にも意味があるかもよって、私はそんな風に希望を持ちたいんです。

 

 

シュガー・ラッシュ:オンライン」楽しみ!

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というわけで、これまで時代や社会の移り変わりと共にそのあり方も変わってきた「ディズニープリンセス」が、フェミニズムが盛り上がりを見せるこの2018年にどんな新しい顔を見せてくれるのか本当に楽しみにしています。

こんだけ長々と書いておいて、もしかしたらプリンセスたちの登場シーンはほとんど予告編にあるものが全てかもしれない……!けど。

でもやっぱり「シュガーラッシュ:オンライン」のみならず、今後のディズニープリンセスに注目していくつもりです。

ヴェネロペも本格的にプリンセス入りするのかなあ。

 

※ちなみに今回ちょびっとしか触れなかった「魔法にかけられて」は、ディズニーによるメタ的なディズニープリンセス批判がすごく面白いので、まだ見たことない人にはおすすめです。

魔法にかけられて (字幕版)

魔法にかけられて (字幕版)

 

現実で「動物とお友達」「いきなり歌い出す」をやられると結構キツイぞ……!

 

※今回の内容は数年前に読んだ荻上チキさんの「ディズニープリンセスと幸せの法則」という本から多大な影響を受けているものであります。

現在手元にないので引用などはしていませんが、参考文献としてご紹介しておきます。

ディズニープリンセスと幸せの法則 (星海社新書)

ディズニープリンセスと幸せの法則 (星海社新書)

 

ご興味のある方は面白い本なのでぜひ。