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映画を食べるたぬきのブログ

映画メイン。あとは日常つらつら

嫌でもちゃんとできる仕組みを。

できないなら嫌でもできるような仕組みを作ればいい。23歳にしてそのことにやっと気づいた。

 

例えば、最近新しくした鞄のこと。

毎日何かしらのものを忘れるのは当たり前だった。財布、カギ、携帯、化粧ポーチ、ボールぺン、定期、制服……。しかも気づくのは決まって徒歩15分の駅についてからだ。

「忘れ物をなくそう!毎朝チェックする習慣を作って……」とか「夜準備してから寝よう!」とか、そう決意して、やらないのが今までの自分。

「もしかしたら自分はだらしないだけではなく、何かしら理由があって不注意なのでは」という考えに至ってからは、もう、自分の意識や意思の強さは全く信じないことにした。どんなに真面目に心を入れ換えて頑張ろうと思っても、普段の行動は私の気持ちとは全然別のところにいるんだもん。

気持ちでなんとかしようとしても、結局できなくて自己嫌悪感が増していくだけだということにやっと気づいた。

 

なら、嫌でも物を忘れないような仕組みを作ればいい。

持ち歩く鞄を一個で統一することにした。他の鞄に移し変えることは絶対しない。定期も家のカギも鞄に紐でくくりつけた。流石に鞄を持っていくのは忘れない。

中身も、どこに何が入るべきなのかを決めて、動かさないようにした。あれがない、と一目ですぐわかる。

そうすることによって、普段の出勤時は格段に忘れ物が減った。やっぱこういうことだ。間違いない。

 

で、最近の課題は朝起きれないこと。

6時半に目覚ましをかけているのに、結局起きるのは家を出る時間ギリギリの7時半になってしまう。起きて慌てて準備することで、焦った気持ちのまま1日を始めるのが、いろんなパニックを引き起こすような気がする。

朝、余裕を持った時間に起きるのこそ、きもちの問題、意識の問題だと思う。

でも私には自分の意思というものが信じられない。特に寝起きのぼーっとした頭では。

だから、嫌でも6時半に起きれるような仕組みを何か考えなきゃいけないな。間に私の意識の挟まる隙間のない仕組み。

これからの人生、きっとそれが大事だ。

人より不注意な私が生き残るための、それがカギだ。