読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

映画を食べるたぬきのブログ

映画メイン。あとは日常つらつら

ハッピーエンドをイメージして唄うよ「夜明け告げるルーのうた」感想

夜明け告げるルーのうた」見てきた。
f:id:kasumigaseki0822:20170528081848j:image

すごくよかったよ。

監督は「四畳半神話体系」「ピンポン」の湯浅政明さん。

っていうだけでも、見たいアニメファンはかなり多いと思う。

 

物語の舞台は閉鎖的な海辺の田舎町。

主人公のカイは小さな頃に自分を置いて出ていった母親のこともあって、何事にも無気力で無関心な少年だった。

しかし、音楽に寄ってくる人魚・ルーとの出会いによって、カイの毎日は大きく変容する。

 

小さな女の子の人魚と少年の邂逅、海を自在に操るルーのパワーを見て、「崖の上のポニョ」を連想する人は多いだろう。

実際、すごくポニョを意識した作品だし、オマージュと言っても間違いないくらいだと思う。

2008年に公開された「ポニョ」を改めて今やる、これに意味があるのは、今が「3.11以降の日本」だからだ。

 

実をいうと私は前半この物語に乗り切れず、「素晴らしいアニメーションだが、好きな作品ではない」という感想を固めつつあった。

しかし、そんな感想は後半で綺麗にひっくり返されることになる。

この映画は、「あの時あの場所にポニョがいてくれたら」を描いた作品だった。

ポニョが皆を助けてくれたら。あの日会えなくなった大切な人にまた会えたら。

そんな、現実では果たされない切ない願いや祈りの詰まった映画だった。

 

思えば去年の「君の名は。」にもそういう要素があった。

震災後を生きる日本人の心に残る後悔。

何もできなかった自分を責めるような気持ち。

そういうものが「夜明け告げるルーのうた」にもこもっていて、そしてこの作品は実際に彼らを助けてくれた。

お礼が言いたくなるような、幸せで切ないハッピーエンドだったのだ。

 

震災のことを思うと、私は波にさらわれた多くのわんちゃんのことも思い出す。

家族が避難して、置き去りにされたわんちゃんのことも。

夜明け告げるルーのうた」は、あの時のわんちゃんたちも救ってくれたんだ。

それを思い出すだけで、観賞後何度も泣きそうになっている。

 

正直、登場人物の感情の機微がうまく描けているとは思えなかった。

特に主人公の中学生たちの淡い恋愛描写。

カイがルーを好きになるのも唐突に思えた。

(幼女的見た目のルーがカイにキスして、彼があそこまでメロメロになっちゃうのも、ちょっと……)

夜は短し歩けよ乙女」や「四畳半神話体系」でも、原作に見られた主人公と黒髪の乙女の恋愛描写が薄くなっていたことを思うと、

もしかして湯浅さん恋愛を描くのが苦手なのでは……とも感じてしまった。

一方でカイのお父さんが息子に対して抱える思いや、終盤でとある2人が大切な人と再会するシーンは素晴らしく感動的だっただけに、ちょっと残念。

 

しかし、昨年の「君の名は。」から続く日本アニメーションの盛り上がりに拍車をかける作品であることは間違いない。

キャッチーな「夜は短し歩けよ乙女」の方から公開して、翌月のオリジナル作品にお客さんを流すというやり方も成功していたと思う。

四畳半ファン大抵見に行くだろうし。

 

ところで、「夜は短し」のロバート秋山さんと違って千鳥のふたりの出演シーンはそれと丸わかりだったけど、

だからこそ田舎っぽさが増していてよかったと思う笑

キャスティングすごい。

 

オープニングクレジットの入り方とか、カイが初めて歌うシーンの力強いちょいヘタさとか、パパが怖すぎるけどかわいいとか、カイのお父さんがかわいいとか、いろいろ言いたいことはあるけど、この辺で。

もうすぐ公開縮小してっちゃいそうなので、お早めに劇場へ。

 

 

まだまだ語り足りない。ネタバレ全開「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」追加感想

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」、公開からずーっとツイッターのタイムラインが考察で埋まってる。

私だって、まだまだ全然書き足りない。

というわけで内容に触れまくるネタバレ全開の感想第二弾を書くから、まだ見れてなくてモヤモヤしてる人は絶対見ちゃダメよ。

f:id:kasumigaseki0822:20170516225847j:plain

映画全体としては、ものすごく面白かったこと前提です。念のため。

鑑賞直後の大興奮の感想はこちら

その①ドラックスのマンティス容姿いじりについて

ドラックスはその他のシーンでも何度も「いわゆる普通の価値観とは大きくずれている」ことが示されているキャラクターだ。

だから我々やガモーラが「醜くない」と感じるマンティスを、ドラックスが「醜い」と感じること自体はいい。そういう価値観の違いはあるだろう。

ただ、それを何度も口に出して言うところにモヤモヤするんだよな。

「醜いのに心は美しい」とか「醜いのにエゴに気に入られてる」とかっていう別の発言を聞く限り、「醜い」という言葉はドラックスも我々と同じように、相手を貶める意味で使っているんだと思う。

そしてそんな言葉を躊躇なく何度も口にして、罪悪感のかけらもなさそうである。

ドラックスは決して悪い心の持ち主ではない。むしろ人を愛すること、失うことのつらさを知った懐の深い人だと思うからこそ、「醜い」「醜い」となんの恨みもないマンティスにぶつけるところに引っかかってしまった。

 

まあ、デリカシーのないおじさんだというネタなのはわかっているのだけど。

 

その②ラヴェジャーズの行為はベイビーグルートに対する虐待では

これはもう、まんまその通りだなあ。

完全にあのシーンは幼いグルートの尊厳を踏みにじる辱めシーンであり、その後のロケットの「何された?」という事を荒立てず確実に心配する親御さん台詞にじーんとくるまでがワンセットである。

そして小枝さんにそんなことをするラヴェジャーズの面々は、おそらく幼いクイルにも同じ事をしてるのではないか。

そうすると、ヨンドゥさんがあんまり話したことないロケットに自分を重ねてしまうのも、致し方ないよなあと。

ちなみにヨンドゥさんの最期、ロケットに「小枝を頼む」と言ったのは、鑑賞時はグルートのことだとしか思わなかったけど、後から「子供のころ細くて狭いところにも入り込めたクイルのことを指す」ことに気がついて感動。

ロケットはクイルを託されたのだ。

 

その③エゴは外道だけど彼なりにピーター・クイルを愛していたか

「決別してしまったけど、価値観が違っただけで、彼なりにピーターを愛していたよね……」「だからキャッチボールのシーンは感動的だったよね」という意見を見たが、断固言いたい。

エゴのクイルに対する感情は、愛ではない。それこそエゴだ。

彼はクイルを通して自分を愛していたのだとしか思えない。

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」は見た目(人種)や価値観が違っても、かつて争っていた相手でも、受け入れられるよ、家族になれるよという優しい映画である。

しかし、エゴは受け入れられなかった。

理由は価値観や彼の特殊な境遇にはない。

ではなぜか。それは、彼が誰からの愛も求めなかったからである。

彼も自分で言っている。求めたはずの他者に会った時、「がっかりした」と。

メレディスを愛したのは本当かもしれない。しかし彼は、「死」という最大の拒絶を持って彼女との愛を終わらせた。

同じくエゴはピーターのことも愛そうとしなかったのだ。利用しただけだ。

 

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス」は「血がつながった家族だけが全てではない」「子供のことを良いように利用したり深く傷つけて平気な顔をしている親との縁は大事にしなくて良い」という、新鮮で大切なメッセージを伝えていると感じる。

だから「エゴのピーターへの愛は本物だった」と言われると、怖いような気がしてしまう。

子を愛さない親もいる。本当の親と一緒にいるべきでない子もいる。それを知ることで、私たちはもう少し寛容になれると思うのだ。

 

その④かつて仲間だったラヴェジャーズをサクサク殺すヨンドゥどうなの

これに関しては、勝手に「ヨンドゥが率いるチームって結構メンツが流動的なのかな」と解釈したのであった。

「ヨンドゥ終わりじゃね?」「統率力なくね?」って言い出したのが、最近入ったばっかりのあんまり忠誠心ない人らなのかなーとか。

あるいは、チームという形をとってはいたけど、半数くらいは分け前にありつきたいごろつきがしめていたとか。

で、クイルばっかり贔屓するヨンドゥにやきもちやいたクラグリンがのっちゃって、ああなったんじゃないか。

っていうような感じで、ラヴェジャーズの中でもヨンドゥにとってはあんまり思い入れがないようなメンバーだったからあそこまで無表情に殺したのではという予想。

裏切るような人たちだしね。テイザーフェイスとかも見る限り、ヨンドゥのいうことを黙って聞くような部下じゃなさそうだし。

というふうに独自解釈の上で見てたのでそこは気にならなかった。

とにかくロケットとグルートとヨンドゥの無双描写が最高にかっこよすぎてそれどころじゃなかったよ。

 

その⑤「ワンピース」っぽい、うん、そだね

キャラクターファンへのサービスとして雑魚相手の無双シーンを入れてる感じとか、まさに劇場版ワンピースって感じであった。

ラヴェジャーズがロケットに夜襲かけるとこね。サンジとかがやるやつ、あれ。

ワンピースが好きな人には是非前作から見て欲しい。

 

その⑥どうやって地球組に合流するんだろ

是非とも今四面楚歌のアイアンマン側に回って戦力覆して欲しいのだが、ガーディアンズたちはトニーにお金をたかりまくりそうでそれはそれで……。

 

 

という感じ。

多分見れば見るほどもっといろいろ書きたくなると思うし、書ききれない。

とりあえず劇場でやってるうちにいろんな人に見てもらいたいし、私も最低もう一回はみる。

4DX評判いいみたいね!吹き替えもね!

 

 

明るいとこでは見えません。正統派良質ホラー「ライト/オフ」感想

良質ホラー「ライト/オフ」を見た。Netflixで。去年の今頃公開していた気がするが、ラインナップに入るのがほんとに早いな。

f:id:kasumigaseki0822:20170514120701p:plain

↑このなんの変哲もないワンショット、見た後だと怖い。ダイアナが目に浮かぶ。

しかしおとーちゃんすげえ怖いところでお仕事してんな。

 

ただびっくりさせるだけの演出や、血みどろの特殊メイクや、そんじょそこらの恨み辛みを抱いた幽霊だけでは、目の肥えた観客を怖がらせることはできない昨今。

設定や世界観でいかに観客を惹き込ませ、シチュエーションで怖がらせることができるかというホラー業界の挑戦は尽きることがない。

最近私が鑑賞した中では「アンダーザシャドウ」とか「イット・フォローズ」とか、ジャンル柄陽に当たることのない良作もばんばん出てきているし。

この「ライト/オフ」もそうだ。設定勝ち。シンプルイズベスト。

 

ゾンビは走るしヴァンパイアも陽にあたって平然としているような2017年、あえて暗闇の中でしか存在できないモンスターの正統派的恐ろしさよ。

カチカチと切り替わる電気に合わせて人影が現れたり消えたり……予告でこの映像を見たとき、たとえどんなにB級っぽくてもこの映画は面白いだろうって思ったのを覚えてる。

 

作品全体としては「人の心の弱さ」とどう向き合うかを描いているけど、結局おかーさんは自分の心の弱さと向き合いきれず、ああなってしまったわけで。

すっきり解決!というよりは後味の悪さも残る。後味が悪いっていうのはホラー映画にとっては褒め言葉ですね。

クライマックス、ダイアナという幽霊が出現する屋敷に主人公たちがこもって、一夜を過ごすシーン。主人公の彼氏が「俺がついてるよ」的なことを行っておきながらさっさか逃げ出すのは、情けなかったね笑 

そのおかげでレベッカとマーティンは助かったわけだし、自分で立ち向かうより警察に頼って現実的解決を試みるという点では、レベッカにとってはすごく良い旦那さんになるのではないかと笑

彼・ブレットの存在は、携帯や車のライトを駆使しての回避法といい、正統派ホラーな展開の中で唯一現代的というか、親しみやすいキャラクターだった。

 

「ダイアナ」の設定付けもいい。どっかで見たことある感じ満載。

邦ホラー見漁って、見るのなくなっちゃったなーというホラー好きは、洋ホラーこのへんからはじめてみるのもいいのでは。

 

やっぱりホラーは好きなジャンルなので、極めていきたいと思う所存である。

 

 

決別!幸せの青い鳥はずっと近くにいたのだ「ガーディアンズオブギャラクシー:リミックス」感想

待望の「ガーディアンズオブギャラクシー:リミックス」を見てきた。

ネタバレ全開で語るので、見てない方はご注意を。(3月のライオン後編、クレヨンしんちゃんの新しい映画のネタバレもちょろっと)


f:id:kasumigaseki0822:20170513081556j:image

おかえり!!

と叫びたくなる。親しんだ彼らが目の前の大きなスクリーンで暴れているのを見ただけで、切なくなるくらいに嬉しかった。

それだけでも公開日に足を運んだ甲斐があったというものである。

 

内容もめちゃくちゃ面白かった。

出会いや仲間になるまでを描くのがメインだった前作と比べると、個性豊かな面々の冒険やサバイバル、気の抜けたやりとりなどの日常がこれでもかと詰まっていて、息つく暇もない。

それでいて今までに見たことのないようなビジュアルイメージを見せつけてくれるところも健在だった。

ワンカットワンカット、すべてが新鮮。

これぞガーディアンズオブギャラクシー。期待通りの面白さだった!

 

特にヨンドゥとロケットの戦闘描写は抜群にテンポがいい上に視覚的工夫が盛りだくさんで、ひたすらカッコよさに悶えた。

その二人が一緒に戦うシーンなんて最高だよね。

ロケット、そんなに強かったのね。

歌を口ずさみながら待ち構えて、楽しそうに人を狩る。

あんまりシビれる描かれ方で、今作でついに推しキャラをロケットに決めた。

 

で、ヨンドゥ。

 

思い返してみると、「スターウォーズ」シリーズは血筋の物語である。

ルークはアナキンの息子として生まれ、そのジェダイの才能を受け継いだ。

カイロ・レンや、レイだって多分そうだ。フォースの強さは遺伝なのである。

ルークは父親の呪いに苦しめられながら、父親と同じようにジェダイになり、父親とは違う選択肢を選ぶ。

離れていても、アナキンが死んでも、いつも切っても切れない父親の影が付きまとうのだ。

「父さんを救うんだ」「もう救ってくれた、ルーク」と二人は最後に和解する。

初期三部作は父子の和解の物語だった。

 

一方、今回の「ガーディアンズオブギャラクシー:リミックス」はどうだろう。

ピーターは遠く離れたところに暮らしていた父と再会する。

「お前の父さんだ」なんて、スターウォーズを彷彿とさせるじゃないか。

しかし、ピーター・クイルは父と決別する。

それどころか父親を殺すのだ。

そして、血のつながらない育ての親を父親として尊敬し、思いやるのである。

血のつながりが絶対ではない、受け入れがたい運命から逃れられると示している。

 

最近、血のつながった家族だけが絶対的ではないと訴えかけてくる映画が多い。

私が今月見ただけでもすでに2本あった。

1つは「3月のライオン 後編」である。
f:id:kasumigaseki0822:20170513084329j:image

三姉妹の決断はすごい。なかなかあそこまで勇気を出して、かつて家族だった人との縁を切れるものではない。

 

もう1つは、「クレヨンしんちゃん  襲来宇宙人シリリ」である。
f:id:kasumigaseki0822:20170513084608j:image

(宮迫博之さんマジで声優すごかった)

 

この2本の映画に出てくる父親2人は、劇中で子供と和解するシーンがない。

どうしても相容れない価値観を持った親とその子供は、和解しなくてもいい。

そして、どちらの映画でも血のつながらない擬似家族が幸せそうにする姿が描かれていた。

欧米は確実に近年多様な家族のあり方を認め、呈示していこうとしているが、家父長制が深く染み付いた日本にもそういった価値観が浸透してきている。

優しい流れだと感じる。

 

ガーディアンズオブギャラクシーでピーターは、血のつながった父親と決別し、血のつながらない父親に感謝し、そして血のつながらないハチャメチャ個性豊かな家族たちとこれからも旅を続けるのだ。

優しい映画だ。

 

ラストカットよくやってくれたとか、これはロケットの映画だとか、クラグリンかわいいとか、ベビーグルート思った以上にかわいいとか、クライマックスのピーターの回想シーンマジ泣けたっす、3月のライオン後編でも似た感じでやっててちょい被ってたけどもどっちも泣けたっす、タイトルの一連の流れ最高っす、とかいろいろ言いたいことあるんだけど。

というか一個言わせろ、スタローン登場シーン短いながらもカッコよすぎてな。

とかとかいろいろキリがないわけなんですが、3Dでも見たいし吹き替えでも見たいから多分またいくんですが、

最高に楽しかったです。おかえり、また会おう、ガーディアンズ!

 

サントラヘビロテだ~~。

 

 

仕方ねえから手を組んでやるよ。「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー」をもう一度!

今日公開された「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー:リミックス」を見る前に、もう一度前作の「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー」を見た。
f:id:kasumigaseki0822:20170512114234j:image

こまけえことはいいんだよ、とにかく面白いんだ!とその一言で終わらせてもいいくらいの、人を選ばずおすすめできる傑作アメコミ映画である。

正直言って、近年公開されるアメコミ映画は、見る前のハードルが高い。

「アイアンマン」から何作も連なる作品シリーズを予習しなければいけなかったり、

原作コミックのキャラクターや設定を把握していないとついていけなかったり。

「新規層の獲得」ズバリコレがトレンドであり、課題でもある。

 

ではこの「ガーディアン・オブ・ザ・ギャラクシー」はというと、

「アイアンマン」から連なるMCU(マーベルシネマティックユニバース)という作品群の1つでありながら、一見さん大歓迎、予習復習一切必要なし!なのだからすごい。

それでいてMCUファンを唸らせる嬉しい小ネタをしこんでいたり、というかまあそもそもめちゃくちゃ面白いのだ。

1本の映画として完成されている。

だから、そんな最高の映画の登場人物たちが将来的に「アベンジャーズ」に参戦するとあっては、楽しみにせざるを得ないオタクの性なのである。

 

f:id:kasumigaseki0822:20170512120211j:image

「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー」、何がそんなに良いのかって言ったら、

まず音楽である。

かつてスターウォーズは宇宙冒険ものにクラシック音楽を合わせたことで、スペースオペラと呼ばれ伝説になったが、

ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシーが2010年代のスペースオペラ再来と呼ばれ熱く語られているのも革新的な音楽の使い方あってこそだ。

キーアイテムとなるソニーウォークマンから流れ出す70年代音楽。

どこかで聞いたことがあるけど曲名まではわからない、でもこの曲好きなんだよなという往年の名曲たち。

それに合わせて登場人物たちが歌い、踊り、闘い、旅して、間抜けをやる。

ただ音楽を流すだけではなく、主人公スターロードが大切にしているウォークマンから流れるという意味付けも憎い。

SFアメコミ映画でありながら、物語と音楽が深く絡み合う音楽映画でもあるのだ。

特に映画タイトルの出る瞬間、最高だ!

冒頭のスターロード少年のカットも最高!

ウガチャカウガウガ止まらんたまらん最高ノリノリ映画なのである。

 

あとは、カラフルでドラッギーな映画美術だったり、CG技術だったり、主演のクリスプラットの好演だったり……特出しているところはいっぱいあるのだけど、

私が何より好きなのは「孤独な負け犬ヤローどもが仲間と助け合い誰かを救う」というその展開だ。

スターロード、ガモーラ、ロケット、グルート、ドラックス。

彼ら5人はそれぞれ辛い思いや苦しい思いをしても、1人で堪え忍んで生きてきたメンバーばかりなのである。

彼らは、愛を知らない。

誰かの手を握らないで生きてきたアウトローたちなのだ。

スターロードは、死の床に伏す母親の手を握ることができなかった。

しかし、彼らと手を取り合ったことでスターロードは救われ、彼らもまた救われたのである。

不器用にもおずおずと助け合う姿を見ると、ついほろりときてしまうのだ。

 

ほろりときて、終始ノリノリな映画が傑作でないわけがない。

私は今もまだガーディアンズのメンバーと再び劇場で会えるということが信じられないでいる。

3作目の制作も決定しているし、いずれはアベンジャーズと合流だ。

こんなに楽しいことがあってもいいものか。

いや、ある!

では、見に行ってきます。「ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー:リミックス」!

感想を待て!

 

 

 

アイスブレイクが見たい。はじめてのワイスピ②「ワイルド・スピードX2」

ちょっと前だけど、Huluで「ワイルド・スピードX2」を見たので感想を書く。


f:id:kasumigaseki0822:20170507022807j:image

前作で容疑者ドミニクを逃がしたせいで警察を追われ、ストリートレースに精を出すブライアン。

しかし物語開始早々FBIに協力を要請され、昔馴染みのローマンを連れて再びの潜入捜査に挑む!

 

ローマンがすごくいいキャラだ。
f:id:kasumigaseki0822:20170507083218j:image

感情的で怒りっぽく、手癖が悪い。見ながらあちこちに彼の死亡フラグが立っているような気がして、ハラハラしていた。あー、死ぬ、あ、死ぬかもって。

正義漢で真っ直ぐにしか進めないブライアンとでは、すごくいいコンビだった。

一作目では警察とドミニクファミリーの間で板挟みになって、孤軍奮闘していたブライアンが、今回は終始安心した顔をしていたように思う。

信頼し合っているからだろうな。ワイルドスピード2作目は幼なじみの悪友二人組によるバディムービーでもあった。

半ズボン履いてたり、子供みたくもみくちゃの喧嘩をしたり、ブライアンって実はドミニクたちと同じようなチョイ悪ヤンキー上がりだったのね……って親しみを感じられるところもよかった。

一作目より、好きだな。

シリーズを通してどんどん道ならざるところを車で走るようになっていくのかなと想像していたけど、二作目にして宙を舞い水面のボートに着地するという大技を決めていた。

これからどんなものすごい運転が見られるのか楽しみだ。

最新作アイスブレイクでは氷の世界を駆け抜けてるしな。

最後に、ドミニクをワンカットも出さなかったのはちょっと予想外だった。

あくまでブライアンの話なのだ。

潔くていいね。

 

 

小説「夜は短し歩けよ乙女」映画版との違いは何か。

映画版を見て、「完璧超人の黒髪の乙女がどうしてあの先輩に惚れるのかわからぬ」と思った人が多いらしい。

現に私もそう思った。

読み取りきれなかった部分を補えればと思って、原作小説を読んでみた。
f:id:kasumigaseki0822:20170502082634j:image

森見登美彦といえば私は高校生時代にも何冊か読んだことがあった。

当時は文章がくどくて読みづらい(失礼)という印象だったが、テンポがよくて展開が目まぐるしく移り変わっていくので気持ちよく読み進められた。

つまりは以前の印象は自分の読書技術の至らなさを本の作風に責任転嫁して、努力を放棄していたわけである。

面白がれる自分になったことを喜び、森見登美彦作品を他にもいろいろ読んでみようと思う。

 

夜は短し歩けよ乙女」を読み終えて、「完璧超人の黒髪の乙女がどうしてあの先輩に惚れるのかわからぬ」とは到底思えなかった。

物語の中に彼女が彼に惚れる理由がこれでもかというほど詰まっていたからだ。

そしてそれは偶然や運命のいたずらなどではなく、先輩の人柄や彼女のための頑張りが巡って彼女に響いた結果なのである。

たとえば古本市で「ラ・タ・タ・タム」に二人同時に手を伸ばし、乙女は先輩もこの本が欲しかったのに譲ってもらったのだと勘違いする。

そして、後から先輩が自分のためにその絵本を手にいれようと死に物狂いで頑張った事実を知るのである。

あるいは、「偏屈王」の座を射止めるために必死で事務局長やパンツ総番長の前に立ちはだかったことを後から聞かされるのだ。

物語の中では彼女の感情の移り変わり、恋心への気づきもしっかり描かれている。

 

では、映画版ではどうしてそこが描かれなかったのだろう。

映画「夜は短し歩けよ乙女」の演出はほんとうに素晴らしい。

ドラッギーでテンポのよいお祭り映画である。

最初から最後までだれることなく面白い演出の数々を描ききるために、先輩と乙女が出会うシーンや感情の揺れ動き描写のようなものを、きっぱり削っているのだ。

だからこそあの映画はあんなに面白い。

代表的なのは「時間」の描写だと思う。

映画での一連の出来事はすべて一夜で起こったことになっている。原作では一年だ。

たった一晩で全く興味のなかった誰かを好きになるのは少し現実的でない。

 

森見登美彦夜は短し歩けよ乙女」の魅力は2つあって、1つは作家特有のシュールでユーモラスな文章や展開である。

そしてもう1つは青年のモラトリアム的な葛藤や恥ずかしくなるような青春模様の描写だと思う。

どっちの要素に期待するかで、映画版の評価が大きく分かれたのだろう。

ちなみに私はどっちも好きだが、どっちかというと原作の方が好きだ。

どっちかが好きならもう一方も見てみるといいと思う。

 

ちなみに森見登美彦作品について書くとき、文章がかなり影響されてしまうのが恥ずかしいね。